大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4879号 判決 1977年6月30日
原告
織辺誠太郎
ほか一名
被告
兵庫県
主文
1 被告は、原告織辺誠太郎、原告織辺悦子それぞれに対し、金一六一万六〇三七円および内金一四六万六〇三七円に対する昭和五〇年六月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告織辺誠太郎、原告織辺悦子それぞれに対し、金一三六二万四六六八円および内金一二六二万四六六八円に対する昭和五〇年六月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
訴外亡織辺博雄(以下亡博雄という。)は、昭和五〇年六月一五日午後二時すぎごろ、自動二輪車(以下単車という。)を運転して、兵庫県芦屋市奥山一番先県道(以下本件道路という。)みどり橋付近を北方から南方に向け走行中、同所において、同橋欄干(ガードレールで代用されている。)北端とその北方道路端に設置されているガードレールとの間にあつたすき間(以下ガードレールのすき間という。)から芦屋川に転落して受傷し、同月一七日右傷害により死亡した。
(二) 被告の責任
1 本件道路は、被告が設置、管理するものである。
2 本件道路は、事故現場付近において、南方へ向つて下り勾配となり、曲り角でしかも川があり、前記のようなガードレールのすき間(約一・五メートル)があると、そのすき間から走行車両が何らかの原因で川底に転落する危険が十分に予見された。したがつて、公の道路を管理する被告としては、道路上に警告標示を設けるほか、ガードレールをみどり橋の北端にまですき間のないように設置し、右危険を防止する措置をとるべきであつた。しかるに、被告は本件道路につき必要な措置をなんらとることなく、右危険な状態のままこれを放置し、道路管理者としての義務を怠つた。
3 よつて、本件事故により亡博雄が死亡するに至つたことは、国家賠償法二条による被告の道路管理の瑕疵に起因するものというべく、被告は本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
1 亡博雄の損害と原告らの相続
(1) 逸失利益 一六九四万九三三七円
亡博雄は、本件事故当時一八歳で、株式会社小松製作所に勤務し、月七万六〇〇〇円の給与の支払を受けていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から四五年、生活費は収入の二〇パーセントと考えられるから同人の死亡による逸失利益をホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一六九四万九三三七円となる。
(2) 慰藉料 八〇〇万円
(3) 原告らの相続
原告らは亡博雄の父母であり、同人の右損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続により取得した。
2 葬儀費用
原告らは、亡博雄の葬儀のため、少くとも三〇万円を支出し、各自その二分の一にあたる一五万円の損害を蒙つた。
3 弁護士費用
原告らは、本件訴訟を原告ら代理人に委任し、報酬として各自一〇〇万円を支払う旨約し、同額の損害を蒙つた。
(四) 結論
よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、各金一三六二万四六六八円および右弁護士費用を除く内金一二六二万四六六八円に対する亡博雄死亡の翌日である昭和五〇年六月一八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の答弁および主張
1 請求原因(一)は認める。
2 請求原因(二)の1は認める。
3 請求原因(二)の2のうち、本件事故現場が下り勾配となつていること、ガードレールのすき間があつたことは認め、その余は争う。
4 請求原因(二)の3は争う。
5 請求原因(三)のうち、1(3)は認め、その余は争う。
6 以下に述べるとおり道路の設置および管理になんら瑕疵はなかつた。すなわち、道路の管理者が、道路の設置および管理について危険を防止するため防護施設等を設置するにあたつては、およそ想像し得るあらゆる危険の発生を防止し得るものを設置しなければならないとは到底考えられず、道路の構造、地理的条件および利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的に通常予想される危険の発生を防止するに足りる程度のものを設置すれば必要にして十分であるというべきである。これを本件についてみるに、本件道路は、事故現場付近において、約一〇パーセントの下り勾配で逆S字型のカーブとなつて芦屋川に交叉し、右交叉地点にみどり橋があるところ、亡博雄が転落した本件ガードレールのすき間付近は、丁度道路がカーブを終つて直線になつており、道路上にはセンターラインの白線と路側帯を示す白線が共に鮮かに描かれ、車両の通常の操法ではガードレールに車両を接触させることすらありえない箇所であつて、右すき間の幅はわずか約一・三七メートルにすぎず、しかもみどり橋の欄干と道路端のガードレールとが密着していないのは、構造上妥当なものというべく、その間が約一・三七メートルあるからといつて、そこから車両が転落することは通常予想されるものではない。したがつて、本件道路において、みどり橋の欄干とガードレールとの間に約一・三七メートルのすき間があつたことは、なんら道路の設置および管理についての瑕疵となるものではないというべきである。
7 かりに、道路の設置および管理に瑕疵があつたとしても、本件事故は右の瑕疵に起因するものではなく、ひとえに亡博雄自身の過失に起因するものである。すなわち、亡博雄は、ヘルメツトも着用することなく単車を運転して下り勾配のカーブを高速度で走行し、右カーブを曲り切れずに路側帯に進入したうえ、ほとんど転倒した形のままでみどり橋の欄干に衝突し、わずか約一・三七メートルのガードレールのすき間から芦屋川に転落したものであり、本件事故は、まさに亡博雄の右のような無謀運転により発生したものであつて、たとえみどり橋の欄干と道路端のガードレールとが密着していたとしても、亡博雄は右欄干あるいはガードレールに激突し、結局河川転落と同じく死亡していたことが明らかであるというべく、その意味において、約一・三七メートルのガードレールのすき間の存在と右すき間からの転落による亡博雄の死亡との間には法律上相当因果関係はない。
三 抗弁
かりに、道路の設置および管理に瑕疵があり、被告に本件事故の損害賠償責任があるとしても、亡博雄に過失の存したことは前記二7のとおりであるから、被告は過失相殺を主張する。
四 被告の主張および抗弁に対する原告らの答弁
否認する。亡博雄の転落したのは、本件事故現場付近において、同人運転の単車を追い越そうとした普通乗用自動車(カローラ)が接近してきたため、同人の前進する道幅がなくなり、そのために同人の単車が道路端に寄せつけられたことによるものであつて、亡博雄の過失によるものではない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因(一)記載の本件事故発生の事実は、当事者間に争いがない。
二 被告の責任
本件道路が、被告において設置、管理する県道であることは、当事者間に争いがない。
原告は、本件事故は被告の道路管理上の瑕疵に起因するものであるから、被告は国家賠償法二条により、原告に対し本件事故による損害を賠償すべき義務がある旨主張するので、先ずこの点について判断する。
(一) 本件事故現場の状況
成立に争いのない乙第四ないし第六号証、第八号証、第一〇号証、本件事故現場の写真であることは当事者間に争いがなく、証人岩本の証言により昭和五〇年六月二〇日に同人によつて撮影されたことが認められる検甲第三号証、第四号証の一、検証の結果および当事者間に争いのない事実ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
1 本件道路は、芦屋市街地からいわゆる芦有道路(民営有料道路で六甲山頂に通じる。)に抜けてほぼ南北に走る県道奥山精道線であり、本件事故現場付近において、南方(芦屋市街地)へ向つて約一〇パーセントの下り勾配となつて山間部を右方に約一三〇度カーブし、右カーブ終了地点あたりで芦屋川に交差し、右交差部分にみどり橋があり、同橋のほぼ中ほどからさらに左方カーブが始まつている。本件事故現場は、幅員約七・九メートルのアスフアルト舗装道路で、中央部にセンターライン、両側に幅約〇・九メートルの路側帯があり、それぞれ白線で標示され、センターライン上にキヤツアイが設けられ、道路端東側には、右一三〇度のカーブ開始地点あたりからカーブ終了地点まで約二三メートルにわたり鉄製ガードレールが設置され、そのあと約一・六メートルのすき間があつて、みどり橋の北端から同橋の欄干を兼ねる形で再び鉄製のガードレールが続いており、右カーブ開始地点付近から南方への見通しは一応良好であつた、なお、右みどり橋の欄干(ガードレール)北端が本件事故当時すでに南方へ折れ曲つていたことは、前掲検甲第三号証および第四号証の一にみられる当該部のさびの状況に照らし明らかである。
2 みどり橋から川面までは約九メートルあり、同橋付近の川岸には大きな岩石が露出し、水深は約一〇ないし二〇センチメートルである。
3 本件事故後、右一三〇度のカーブ開始地点あたりに右方背向屈曲ありの警戒標識が設置された。
4 本件道路(県道奥山精道線)のうち、芦屋市道朝日ケ丘線との三差路から芦有道路芦屋ゲートに至る約三・五キロメートルの区間は、ヘアピンカーブが十箇所以上もあり、山間部を芦屋川と縫い合う形で走つており、単車等車両の走行が比較的多く、昭和五〇年一年間に、右区間で本件を含め一八件の人身事故が発生し(八件は単車による事故)、そのうち半数はカーブ地点でハンドルを切り誤つた事故で、昭和五一年には、芦屋警察署において、右区間につき単車の通行禁止措置が検討されるところとなつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 瑕疵の有無について
右認定の事実によれば、本件事故現場付近では、本件道路が南方へ向つて約一〇パーセントの下り勾配で、右方へ約一三〇度のカーブで始まり、全体としてほぼ逆S字型にカーブしているのであるから、車両(特に単車)の運転者はバランスを失しやすく、なんらかの防護柵等の設置がない場合には、ハンドルを切り誤まる等して、車両を路外に逸脱させる危険性は決して低くないものというべきである。証人川崎の証言および右証言により真正に成立したものと認められる乙第一一号証によれば、日本道路協会発行の防護柵設置要綱は、地方公共団体が防護柵を設置する場合における指導的原則であること、被告も右要綱を採用していること、右要綱では、道路の曲線部およびその前後で、約四パーセントを越える下り勾配となつている区間では防護柵を設置することになつていることがそれぞれ認められ、現に本件事故現場においても、約一・六メートルの本件ガードレールのすき間部分を除き、鉄製ガードレールが設置されているのである。ところで、まさに前記認定のとおり、右ガードレール未設置箇所は、本件道路を南進する車両から見て、約一〇パーセントの下り勾配途中の逆S字型カーブの中央部付近の道路左側にあり、しかもみどり橋北端との境界で、同橋から川面までは約九メートルもあつて水深も浅く、川岸には岩石が露出していたのであるから、本件道路が都心に近く、単車等車両の通行が比較的に多いことをも合せ考えると、約一・六メートルのすき間とはいえ、そこから路外に逸脱する車両(殊に南行車両)があるであろうこと、そして、川に転落した場合の危険性は非常に大きなものがあるであろうことは十分に予想しえたものというべきである。
なお、本件ガードレールのすき間部分が右方へのカーブが終了して直線に入つた箇所であることは前記認定のとおりであるが、右すき間部分はカーブ終了直後の地点であること、さらに直線部分はすき間部分を含めみどり橋中ほどまでわずか数メートルにすぎず、直ちに左方カーブが始つており、右ガードレール未設置箇所は、全体として逆S字型カーブのまさに一部分にすぎないこと(前記認定のとおり、現在では本件事故現場に右方背向屈曲ありの警戒標識が設置されている。)を考えると、路外逸脱の危険性において、当該部が他の箇所に比較して特に少ないものと認めることはできない。被告は、みどり橋の欄干を兼ねるガードレールと道路端のガードレールとを密着させていないのは構造上妥当なものである旨主張しているところ、証人川崎の証言によれば、橋の上部構と下部構の間には構造上絶縁部分が必要であること、右と同じ理由で橋の欄干(上部構の一部)と道路端に固定されたガードレールとは密着させないのが普通であること、しかしながら右絶縁部分の幅は五ないし六センチメートルあれば十分であることがそれぞれ認められるから、約一・六メートルものすき間を設けなければならない構造上のいわれは全くない。もつとも、証人川崎は、河川の管理上または橋梁の破損等を検査するために、人間の通路として空間を設けるのは常識である旨供述しているが、空間を設けない限り右目的を達成できないものでもないし、ましてや本件事故現場のごとく危険の予想される箇所においてまで同列に考えることができないのは当然である。
してみると、道路管理者たる被告としては、道路上の交通の安全を確保するため、少くとも単車の路外逸脱を防止できる程度までには、道路端のガードレールを延長する等してガードレール未設置部分の幅を減少しておくべきであつたのであり、右措置をとることなく放置されていた点において、本件道路は公共の道路として本件場所において通常備えるべき安全性を欠いていたものといわざるを得ず、したがつて本件事故当時被告の本件道路の管理には瑕疵があつたものというべきである。
(三) 因果関係について
被告は、かりに本件道路の設置、管理に瑕疵があつたとしても、本件事故は、ひとえに亡博雄の無謀運転(過失)に起因するものであつて、みどり橋欄干(ガードレール)と道路端のガードレールが密着していたとしても、亡博雄は右欄干あるいはガードレールに激突し、結局河川転落と同じく死亡していたことが明らかであるから、右瑕疵と亡博雄の死亡との間には因果関係がない旨主張するので、この点について判断する。
1 亡博雄の過失について
前記認定の事実に、前掲乙第四、第五号証、第八号証、前掲検甲第三号証、第四号証の一、本件事故現場の写真であることは当事者間に争いがなく、証人岩本の証言により昭和五〇年六月二〇日同人によつて撮影されたことが認められる検甲第一、第二号証、第四号証の二、第五ないし第一四号証、検証の結果および証人本間の証言を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 亡博雄は、本件事故当日単車(二五〇CC)に乗車し、友人本間の単車(七五〇CC)に追従して本件道路を南進走行中、同日午後二時すぎごろ本間が本件事故現場を通過したのち、右現場にさしかかつた。右現場における制限速度は時速四〇キロメートルであり、本間は時速約五〇ないし六〇キロメートルで走行し、亡博雄の走行速度は右本間の速度よりは遅かつたが、少なくとも時速四〇キロメートル前後であつた。なお、本間及び亡博雄は本件道路を事故当日はじめて走行したものである。
(2) 亡博雄は、本件事故現場の逆S字型カーブにさしかかり、右方へのカーブ地点を走行中、みどり橋の北方東側の道路端に設置されていたガードレールの南端から約五・七五メートル北方路上あたりで、右方へ車体を傾斜させて左路側帯に進入し、車体右ステツプ等で路上を擦過したうえ、左ハンドルグリツプ先端をガードレール南端から北方へ約二・四八メートルの部分に接触させ、約二メートルほどガードレールを擦過しながら進行し、さらに車体ガソリンタンクおよび計器部の右側部をみどり橋欄干北端(前記認定のとおり、事故当時すでに折れ曲つていた。)に接触させたうえ、本件ガードレールのすき間から、単車にまたがつたまま車体右側部を下にした状態で芦屋川に転落した。
(3) 芦屋川への転落開始時における亡博雄の単車の時速は、約二〇ないし二五キロメートルであつた。
(4) 亡博雄は、本件事故当時ヘルメツトを着用しておらず、直接の死因は脳挫傷であつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、亡博雄としては、本件事故当時、地理不案内な現場付近を走行するに際し、同所付近は前記認定のとおり、下り勾配であるうえ、かなり急に右方カーブしたあと、みどり橋上においてすぐに左方にカーブするいわゆる逆S字型カーブ地点であるから、右道路状況に細心の注意を払い、特に単車運転者としては、バランスを失し、あるいはハンドルを切り誤まることのないように徐行あるいは十分に減速する等して、安全な速度と方法で運転すべき注意義務があるところ、これを怠り、少なくとも時速四〇キロメートル前後の速度で漫然と進行した過失があるものと推認するのが相当である。
なお、原告は、亡博雄転落の原因は、本件事故現場付近において、同人を追い越そうとした普通乗用自動車(カローラ)の追越し不適にあり、亡博雄にはなんら過失がない旨主張するが、本件全証拠によるも、本件事故現場付近において普通乗用自動車が亡博雄の単車を追い越そうとした事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、成立に争いのない乙第二号証、前掲乙第六、第八号証および証人本間の証言によれば、右本間において、同人運転の単車が本件事故現場から約一八〇メートル北方にあるいわゆる無二号橋を通過したあたりで普通乗用自動車(白色カローラ。以下カローラという。)を右側から追い越したこと、その際本間は、バツクミラーで右カローラの北方一〇〇ないし一五〇メートルの地点に、追従して来ていた亡博雄の単車を確認したことをそれぞれ供述していることが認められ、右各供述部分が信用できるものとすれば、前掲検甲第六号証、第八号証および証人岩本、同本間の各証言等ともあいまつて、亡博雄が逆に右カローラを左側から追い越そうとして、本件事故現場付近(みどり橋北方)でカローラと亡博雄運転の単車とが並進する形になつたのではないかと推定し得る余地はある。しかしながら一方、成立に争いのない乙第一号証、前掲乙第二号証、第八号証、証人本間、同岩本の各証言および原告本人織辺誠太郎(以下原告本人誠太郎という。)の尋問の結果によれば、本間は、本件事故翌日、司法警察員の取調に対し、本件事故現場の右方へのカーブ地点で先行するカローラを追い越すためハンドルを右に切り、みどり橋を過ぎた地点で追い越しを完了し、その際右カローラはすでにみどり橋を通過しようとしていた旨明確に供述していること、本間においてカローラを追い越した地点が橋の近くであるとの供述は一貫しているところ、みどり橋の北方に位置する前記無二号橋は、本件道路を何回となく通行している者にとつても橋であることに気づきにくいほど目立たない橋であること(前記認定のとおり、本間は事故当日はじめて本件道路を走行している。)、本件事故後の昭和五〇年六月二〇日、本間、岩本および原告本人誠太郎らが事故現場に赴き、岩本において事故現場写真(検甲号各証)を撮影していること、原告本人誠太郎は、同月二九日ごろ芦屋警察署へ赴き、事故現場での事故内容に納得がいかない旨訴え、本間がカローラを追い越したとされている地点は同人の記憶違いであることを理由に、同人の供述調書(乙第一号証)の訂正方を、カローラと亡博雄との車が接触した疑いがあるとしてその捜査方を申し出ていること、同年八月一七日再度本間を取調のうえ、供述調書(乙第二号証)および実況見分調書(乙第六号証)が作成されていること、亡博雄の単車を鑑定した結果、右単車と他動体との接触痕は発見されなかつたことをそれぞれ認めることができ、右各認定事実に照らすと、前記本間の各供述部分は、にわかにはこれを措信することはできない。なお付言するに、かりに亡博雄において本件事故現場付近でカローラを左側から追い越そうとした事実が認められるとすれば、同人の運転上の過失は、前記認定の過失内容に比較し、より大きなものがあるといわざるを得ないであろう。
2 本件事故の原因について、亡博雄に過失の存したことは、右に認定のとおりであるが、同人の過失は、その死亡原因のすべてであるとはいえない。すなわち、前記認定のとおり、亡博雄は道路端のガードレールに接触して一旦は路外逸脱を免れており、その後の転落に至るまでの右ガードレールおよびみどり橋北端部への接触状況等からして、単車による衝撃力は必ずしも大きなものとは認められず、本件ガードレールのすき間からの転落時における単車の速度は、約二〇ないし二五キロメートルにすぎなかつたことを合せ考慮すると、もし前記認定のような被告の道路管理の瑕疵がなかつたならば、亡博雄は芦屋川に転落することはなかつたであろうし、ガードレールがすき間のないように設置されていたとしても橋の欄干等に激突して死亡するに至ることはなかつたであろうことが推認できるのである。
したがつて、前記認定の瑕疵と亡博雄の死亡との間には因果関係がないとの被告の主張は、これを採用することができない。
三 損害
1 亡博雄の損害と原告らの相続
(1) 逸失利益
原告本人誠太郎の尋問の結果および右により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一、二によれば、亡博雄は死亡当時満一八歳の独身で、株式会社小松製作所に勤務し、少なくとも一ケ月七万六〇〇〇円を下らない給与の支払を受けていたことが認められる。右事実によれば、亡博雄は、死亡当時少くとも年間九一万二〇〇〇円の収入を得ていたものと認められる。
ところで、昭和五〇年簡易生命表によれば、満一八歳の男子の平均余命は五五・二〇年であることが、また弁論の全趣旨によれば、亡博雄は死亡当時健康であつたことがそれぞれ認められるから、経験則上同人は本件事故に遭遇しなければ、六七歳に達するまでの四九年間程度は、毎年少くとも右金額と同額の勤労収入を得ることができたものと推認される。その間における亡博雄の生活費は経験則に照らし平均して収入額の四五パーセント程度とみるのが相当であるから、この生活費を控除したうえ、年別のホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、死亡当時の現価に引き直すと、次の計算のとおり、一二二四万七一六五円となる。
912,000円×(1-0.45)×24.4162=12,247,165円(円未満切捨て)
(2) 慰藉料
未だ若い亡博雄の死亡による精神的苦痛に対する慰藉料は、七〇〇万円をもつて相当と認める。
(3) 原告らの相続
原告らが亡博雄の父母であることは、当事者間に争いがなく、原告本人誠太郎の尋問の結果その他弁論の全趣旨によれば、原告らのほかに亡博雄に相続人がないことも明らかであるから、原告らはそれぞれ亡博雄の右損害賠償請求権の各二分の一に当る九六二万三五八二円(円未満切捨て)を相続により取得したものといえる。
2 葬儀費用
原告本人誠太郎の尋問の結果によれば、原告らが亡博雄の葬儀を執り行ない、各二分の一づつの費用を負担したことが認められるところ、経験則によれば右葬儀費用として各一五万円を要したことが推認され、右は本件事故と相当因果関係があるものと認める。
3 過失相殺
本件事故は、被告の道路管理の瑕疵もその一因となつて発生したものであるとはいえ、事故の直接の原因は、前記認定のとおり、本件道路が事故現場付近において下り勾配で、逆S字型にカーブして芦屋川に叉交しているというかなり危険な地理的状況にあり、亡博雄は右道路を事故当日はじめて走行したものであるにもかかわらず、同人が安全な速度と方法で運転すべき注意義務を怠つた点にあること、同じく前記認定のとおり、亡博雄の直接の死因は脳挫傷であつたところ、同人は本件事故当時ヘルメツトを着用していなかつたこと、被告においても亡博雄が転落した箇所であるガードレール未設置部分(幅約一・六メートル)を除いてガードレールを設置していたことその他諸般の事実関係を総合すると、過失相殺として前記損害の八五パーセントを減ずるのが相当と認められるから、原告らがそれぞれ被告に対し本訴請求において賠償を請求し得る損害額は、次の計算のとおり、各一四六万六〇三七円となる。
(9,623,582+150,000)円×(1-0.85)=1,466,037円(円未満切捨て)
4 弁護士費用
原告らが、本件訴訟の提起、追行を原告ら代理人に委任したことは記録上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件死亡事故と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告らについて各一五万円とするのが相当である。
四 結論
よつて被告は、原告織辺誠太郎、同織辺悦子それぞれに対し、金一六一万六〇三七円および内弁護士費用を除く金一四六万六〇三七円に対する亡博雄死亡の翌日である昭和五〇年六月一八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるから正当として認容し、その余は理由がなく失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。なお、被告の仮執行免脱宣言の申立については、相当でないからこれを却下する。
(裁判官 鈴木弘 内藤紘二 畑中英明)